チワっす!

チワワのれおと今日もこんにチワっす!

2008年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年11月

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存在感

チワワ界ではマッチョで、しかも でかめな我が家の犬。
そうはいってもやはり小型犬なので、他の犬種と比べると小さく感じる。

外に出たら 更に 小さく感じる・・・。

しかし 『家の中ではでかく見えるのは何故なのだ??』という疑問を口に出したところ。

「態度がでかいからちゃうか〜。」と父。

なるほど・・・・
ポジティブ・シンキングな考え方では そういうのを『存在感が在る』 という言い方をします。

家の中限定の 存在感だけは・・・・社長クラス



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魅惑の犬香水

くさ2
くさ


何で犬ってあぁも臭い草が好きなんだろうか。

草っぱらに行くと、寝転んで背中をすりすり。

または 草をもぐもぐ。

家に帰ってみると 『THE 草』的な・・・これぞ草!という草の臭いが臭くてかなワン。

『さぁ くさ って何回言ったでしょう・・・』とか 問題に出してる場合じゃなく。

嬉しそうに臭い草に突進していく犬の勇姿が・・・・

どうも『バーゲンセールでワゴンを引っ繰り返して安い商品を奪い合ってるおばちゃん』を
見るかのような・・・

「ワタクシ そこには、はいっていけないわ。」と尻込みしたくなるような・・・・。

そんな感じ。

きっと 犬の目と鼻にはあの臭い草『魅惑の犬香水』とでもうつってるに違いないな。
P7200282.jpg




| 日常のヒトコマ | 23:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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遊ぶのか、散歩に行くのか。それが問題だ。

「お散歩行こうか。」そういって れおをじっと見つめると
ワタシの靴下を、ふりふり くわえて 遊びだす事が よくありました・・・。

「あれ〜散歩にいかないの?」と目を見て聞くと
「うぅ〜〜ん」と セクシーにうなり 飼い主をひきこんで また遊び出す。
いつの間にか 『散歩』を忘れて遊びほうける。犬と飼い主。
だけど れおのお腹にはうんちょすがちゃんと存在していて、
時間通りに出ることになっているそれらは『今にも飛び出そう』と主張しておられる様子。

自分から遊びだしたくせに 今度は飼い主の顔をじっと見て
お座りをしてから飼い主の手をかりかりして目で訴える。
「多分、相当散歩に行きたいんやろな。」と、誰でも解る顔をしてる。

れおに「お散歩行くの?」と聞くと
「ワンッ!」と返事。(ほんまに解ってんのかいな・・・。)
自分からハーネスに頭を入れる。

そんなにも、うんちょすがしたいんなら
何で もっとはやくその動作が出来んのか
飼い主にはちっともわからんが。
なんか この一連の流れは 『毎日の決まりごと』みたいになってます。

前の犬は 「散歩!」というと 
喜んでくるくる回っていたっけなぁ。すごく解り易い表現の仕方をしてたぞ〜。

れおの場合、室内で飼われてるから、多分よく飼い主の動きを見てるんだろうな〜。 
『散歩に行く時は飼い主がまず靴下をはく』 と言う事がインプットされてるんだろうな。きっと、脳内に。それはそれで 良く見てるんだなぁと感心してしまう。

でも、靴下をふりふりしてこっちに持ってくるのは良いけど
最初は渡すつもりで近づくけど、渡さない。(←なんでやねん!)
「散歩!嬉しい!」という喜びから、興奮に変わり、遊びに発展する。 
・・・という 行動になってるのかしら・・・???

うぅ〜ん 喜びの表現も 犬それぞれ ですな。

最近は リードとハーネスを持ってくると
どどど・・・と逃げて来るので つかまえようとして、追いかけっこ状態に・・・。

それにしても 激しいな。
喜びの表現が。若いからかしら。

散歩で出会った犬の飼い主が「うちなんか、もう じいさんやからなぁ。殆どうごかへんよぉ〜。」とか言ってらしたけど・・・・

こうやってほたえるのも、若者の特権っていう奴なのかしら。そうなのかしら?
おばちゃん
おねぇさんわかんな〜い。

『遊ぼう♪』と 毎日、色んな場面で訴えかけてくる 犬。
それに可愛さを感じながらも 
「お願いだから、靴下破かないでくれよ〜〜。」と 祈るような気持ちで思う 飼い主なのです。

そもそも、靴下いつも場所を変えて隠してるのに、何で在る場所が解るのかしら・・・。

犬の鼻って、すごいわ。

臭いを敏感に感じる高性能な鼻を持っているというのに、何故か『臭いものが大好き』という
そのチャレンジ精神に溢れてるところも 「すごいわ〜。」と 思うところ。

「臭さなんて出来たらあまり感じたくない。」と思う飼い主は、犬界に行ったらきっとdame犬。















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てくてくてくてく

飼い主の健康維持の為に。雨降りにも散歩に行ってます。

れおさんは 大変に犬付き合いが良く。
散歩というと喜んで付いてきてくれるので嬉しいな。

ただし晴れの日のみ。

雨だと、まるで忍者の様にそろりそろりと歩き、牛歩の様な歩みの遅さ。
本当にとても嫌そうな感じ・・・
地面が濡れてるのがどうも嫌な様子で。
そうはいっても水は好きな筈。お風呂は好きなので。

まぁでも、普通か。
普通で、一般的な発想だよな。
人間もそうだもんね。

『雨が嫌。』・・・・なんて。

秋の日に窓辺から物憂げな顔して、遠くを見てため息ついてるセンチメンタルな乙女な様でもあり。
そう考え出したら、やや気持ち悪いのですが。

最近慣れてきたのか やっと、てってってと足早に歩くようになったので助かる〜。
おぉ 何事も『慣れ』ですなぁ。

雨の日も、晴れの日も てくてくてくてく。
歩こうね♪




| 日常のヒトコマ | 23:57 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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思い出のアルバム

い〜つ〜のこと〜だか〜
お〜もいだ〜してご〜らん〜・・・・・っと。

たまに亡くなった先住犬の事を思い出すことがあります。

耳は薄い茶色で垂れ耳、残りの体毛は全て白くダブル・コートの毛皮を持つ雑種犬でした。

先住犬は
とにかく地面を掘るのが好きで、よく猫の額もない位の我が家の庭の土を掘り返していましたなぁ・・・。顔と足が真っ黒で、終わった後にはいつも『わし、やってやったでぇ!』みたいな顔をしてましたっけ・・・。気分は多分、プリズン・ブレイクかと。

れおも地面を掘るのが好きなようで、よく草が生えている柔らかいところを見定めてから、ホリホリ。
でも先住犬の様には、土で手足が真っ黒になるまでは 掘りきれない様で。

やっぱり身体の大きさの違いなんだろうなぁ。

生きていた頃の先住犬は外飼いだったので、
家の中で過ごすれお程には、細やかなケアが出来ていたとは思いませんが。
れおを見て、折々に先住犬との色んな思い出や出来事なんかを思い返す事があります。

勿論れおも、可愛いと思うけれど、
先住犬の雑種のワンもやっぱり可愛かったなぁと思います。

・・・・・ノロケの様な、そうじゃないような。
いえ、ノロケですかね。飼い主ノロケ解り易く言うと親ばかと同じ様な現象なんじゃかと思います。
親に成ったこと無いから わかんないけど。

比べることでそれぞれの『良さ』が、はっきりと解ると言う事もあるんですよね。
 
比べるといっても、それは、雑種だからどうの だとか 
チワワという品種だから、ブランドだから 良いとか悪いとか
『可愛い』と 思うわけでは ないんですよね。
比べられるのは それぞれと共有した『時間』だけで。

飼い主だからこそ、共有できる時間があって
その時間、見せてくれる 
気が抜けた様な顔とか そういう 犬のふとした仕草や表情 
そういうのが 可愛いなぁ 2匹の違いや、反対に共通するところが面白いなぁ と 思うんです。

だけれど昔は、小学生の頃、我が家の愛犬は雑種ということで 
友達の飼っている(その頃は珍しかった)トイ・プードルやシベリアン・ハスキーを
羨ましく思ったりもした時もありましたね・・・。
でもやっぱり家に帰ると、我が家の犬が一番だな と思うんですけど。
でも、どんな素晴らしく見える犬であっても、
やはり人間の子どもと同じで、
人間で言うならば親であったり、犬であったら
飼い主の『思ったよう』にいくということはないんだなぁ。
と、後で知りましたし。

16年生きた先住犬を亡くしてから、
何年か経ち インターネットでネットサーフィンをしていて
動物愛護関係のものを見ていました。
その時、捨て犬の種類の中で一番多いのは 雑種なのだと知りました。
人間は勝手なもので、『自分がお金を払ったものは大事にしなければならない』という心理が働くのだそうですが
お金を払っていない雑種や、他人や知り合いに無料で譲ってもらったブランド犬にしても、
手間暇やお金をかけるのを惜しむ事があるのだそうですね。

そう書かれている下の方に 『ご意見・感想を書き込んでください』と書かれていて
掲示板が設置されていました。
一番に目に留まったフレーズは「名も無い雑種が一番可愛いんだよ!」という誰かの書き込みでした。

「あぁ ほんまに その通り。」と 心から思いました。
単純なフレーズですが 
頭を離れずに 今でも頭の片隅に残っているフレーズです。
今では 雑種ではなく 『MIX犬』と呼ばれていて 
逆に病気に強かったりする(らしい)ので
人気が出ていると聞いて、喜ばしく感じていますが。
考えてみたら殆どの犬って 元を辿れば、『混血』なんですよね(笑)

(飼うのは勝手だけど)
純血種だから とか ブランドだから とか 見た目が良い犬だから とか 

そんな事だけに捉われるのは、本当に『つまらない事』『些細な事』だと思うんです。
勿論、大事な要素のひとつでもあるんだと思いますが、『それだけ』で選ぶのって違うなぁ と。
それだったら 人形と変わりが無いわけで。
だったら 「人形でも買っとけば?」みたいな。

子どもが親の従属物ではないように、所有物ではないように アクセサリーでも無い様に。
犬も飼い主の従属物でも、所有物でも、アクセサリーでも ないわけで。

人に見せて、自尊心を満たす事よりも
犬と共有できる時間を大切に出来たら良いなぁ。
そう 思います。








































| 日常のヒトコマ | 21:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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草と犬

家の近くのお庭でサフランが咲いていました。
美しい薄紫色の花でした。
サフランは クロッカスの仲間なのだそうです。
そういや、今年の秋冬ものの衣服は紫色が流行する ・・・だとか 聞いたのですが
紫色って、ちょっと神秘的というか魅惑的、幻想的なイメージですなぁ。

サフランの色といえば、
私は個人的におしべから取れるスパイスの『黄色』を思い浮かべるのですが
スパイスが美味しいだけではなく 
サフランは花自体も美しく、
その美しい薄紫色の色を例えて、ギリシア神話では「虹の女神はサフラン色の翼を持ち、暁の女神はサフラン色の衣をまとう。」と あります。
おしべを乾燥させたものは、食材のスパイスとしても有名で 
パエリアやサフランライスなどに使われていますよね〜。
あまり、量産できない事から、かなりお値段が高めの食材なのですが・・・
女性に良い食材と聞いた覚えがあります。真偽の程は定かではありませんが。

サフランは この季節に同じ様に咲く、イヌサフラン(コルチカム)と外見上よく似ていて、
イヌサフランも、外見はクロッカスに似ていて間違えそうなのですが
『植物学上』では別の科の植物。
サフラン(のおしべ)は食べられるけれど、イヌサフランは食べられないという違いもあります。
(というか、イヌサフランは有毒です。決して、食べたりしてはいけません。)

そういえば (うろ覚えですが)
東京だったか・・・どこかで、飼い犬が庭に咲いてたイヌサフランを食べて吐いたなど 
そういうニュースがあったのを思い出して
そういえば この季節だったなぁと 思い出していました。

人間にとっては観賞用で食べられないと解っていても 
犬や猫にはそんな事が解る筈もないので
気をつけなけれヴぁなぁ と 思ったんだったっけ・・・

我が家の犬も 
たまに草をもぐもぐしたりすることがあるので
気をつけなければ・・・・

ほんとに、もう無料のサラダバーじゃないっつーの。



















| 日常のヒトコマ | 13:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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理想

我が家では犬の散歩は、実は『父』担当。

そんなこんなで 朝ご飯後と夕ご飯後は、れおに、んこ をさせる為に
必ず父が 散歩に連れて行ってくれています。

私は寝る前の、夜散歩担当のみ。

定年後、ある意味で、職人気質の父は 
仕事がなければ、殆ど何もやる事がなく。
父は、趣味はあるにはあるけど、仕事ほど 『入れ込む』ということがなかったので。
日がな一日ゴロゴロして、阪神の試合(野球)をテレビで観戦するという感じでした。(「阪神の監督はファンやで〜、みんなオレが監督や〜思うとる。」ですと。) 
元来、すごく真面目な人間なので。
未だ若い私から見ると
少々堅苦しく、
それでいて身の丈に合うように質素に、
・・・ある意味では暗く、老いと向かい合って生きていこうとしていたのだと思います。

母は、現役バリバリの天然おばちゃん(笑)なので、
父が働いていないから食事を減らすというような気配りも
食事の買い物を買う量も計算して、考えてと言う事も あまり、しなかったので
働いているときと同じくらい食べさせ、且つ父は何もしない(たまに家事を手伝うくらい)
・・・という日々を送る中で、

父の体重も、増加の一途を辿っていたりしていたのですが。
現在はピーク時と比べて、徐々にではありますが 
今現在では、20キロもダウンしました。他には異常もなく。
元気で、概ね良い状態です。

それは 犬が居てくれると言う事も少なからず影響しているんだろうなと思います。
犬のお陰で、父は散歩に行き、運動をし、またそれも気晴らしになっているようで。 
興味を向け、心を向け、慈しむという対象がいるということだけでも
大分、人間的な生活を支える
『心の滋養』になっているんだろう と 思います。

勿論、体重を減らすに当たって 本人が自分の意思的な力で決定させ、そちらの方向に向かわせたということもあるけれど。
毎日の犬の散歩と食事を見直し、私が作る事で 
より 大きな成果があらわれたのではないだろうかと 思っています。

家族で共通の話題になる対象が存在するということも
年が離れた親子にしたら、ありがたいこと。

「れおが 今日は 他の犬と遊んだ。」 とか 「楽しそうだった。」 とか。
夜、散歩に行くだけでは得られない情報があったり、
れおも 夜には出来ない事をしたり(山を散歩しに行くなど)しているので、
その事を楽しく聞かせてもらっています。

明るい話題を口にする時は、心も穏やかになるもので。

れお自体は、チワワらしい気質の犬で、プラスアルファ 『オレ様』でございまして・・・ゴホン。
丁度、今は年齢的な事もあって自己主張をする時期なのだけれど。(出来る限りアルファが出ないようにとは思っています。取り敢えずのところ、年齢を重ねたら落ちつくであろうと 楽観的に構えています。)

れおを迎えて 父の変化、家族の変化を見て
『アニマルセラピー』 という言葉の意味を 頭の中で逡巡していました。
動物に触る事で、癒される、朗らかになる。
そう言う事もある。

ただ 犬ってやっぱり動物で、世話を焼かなければいけないし、
駄目な事をしても、人間の様に言って解るというわけではない。
自分から近づいて 『理解しあう』 という意味では 
きっと 人間同士の関係と あまりかわりないのではないか と 思います。
誰かが「良い」なんて言う(躾)方法など、所詮ただの上手く過ごす為のヒントの様なもので。
お互いが、ぶつかり合いながら『解っていく』事もある。形どおりになど出切る筈もなく。
そういう意味では 犬はただ単に人間に従属する為の動物なのではなく
きちんと意志を持った1つの存在なんだな。 と 改めて 強く感じさせてくれました。

現実的な問題として
ただ癒されるだけじゃなく 手間も暇もお金もかかるもの。

アニマルセラピーという言葉は いかにも 理想的なのですが
犬を 自分の心が癒される事を目的として買う 家族に迎え入れる と言う事は 
私には 『一般家庭には』 理想が高過ぎるような気がしてなりません。

我が家は犬を迎えたいと思ったから迎え 
一緒に日々を過ごす中で
あぁ 癒されてるんだな と 気が付いたのですが。
初めから『癒し』だけを動物に求めるのは、
あまりにも人間は身勝手で、
それも動物が動物であるが故に無理があるのではないか・・・・。と思っています。

動物に どんなに世話がかかったとしても、
それを楽しめる人間、
動物を慈しめる人間であるならば
一緒に過ごしていても 癒されもするのだろうな。と思います。

動物が好きで 動物を迎え ずっと飼い続けている。ただ、それだけ。
それが 自分のあるべき理想の姿だと思っています。
 
















| 初めてシリーズ | 23:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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感動の再会?

素敵に無敵
こんの肌寒くなった季節に まだ 飛び続けていやがりいますよ・・・。うふふ

あぁっ もうっ!ブンブンいってるわぁっ!あぁっ うっとうしいったら!ふぉりゃ!
っと 手を伸ばしましたが 蚊の逃げ足には適わず。
逃げ足、速いな あいつ。

毎年どうだったかな?例年だと、もう飛んでなかったように思うけど・・・・
これ、温暖化のせい?温暖化のせいなのかしら?

我が家は省エネくらいしかしないけど。
ストップ温暖化!って大きな声で言いたくなったよ。
言わないけど。

蚊とも 再会をしましたが
今日のお散歩の途中、
昨日の美女?コーギーちゃんとも再会できました。
わーい。

しかし、めでたしめでたし、で 終わらず。

れお積極的に鼻挨拶をしたけど、今日は何故かコーギーちゃんに「ワホッ!」っと 吠えられる。

あ・・・あれ?
おかしいなぁ〜。

感動の再会の筈なのに〜。(一方的に・・・・)

ほら、れお落ち込むな。仕方ないよ。ほら、美女は気まぐれだから。
『女心と秋の空』って 言うだろ? 元からお前に惚れてるわけじゃないけど。
・・・と 慰め。

あぁ・・・秋刀魚食べたい・・・・。と

慰め疲れた飼い主が思ったとき。

ゴールデンレトリバーが現れた!
ホワッホワの濃い茶毛をして お鼻はピンク。目が垂れていて
ちょっとメタボぎみ?な身体をのっそのっそと左右に動かしながら
飼い主さんのおばちゃんに引きずられるようにして歩いてた。

そして、れおの前で急に止まる。
飼い主さん「この子。小さいのに、大丈夫かな・・・・大丈夫かな・・・。」と心配してる。
大抵『何か在ったらどうしよう・・・』 と 思う余裕がある飼い主さんの犬は 『大抵 大丈夫だ』
と なんとなく思ってる楽天家の私。

あれ?よくみると このゴールデンレトリバー君、大型犬なのに、立ちすくんでる・・・。

こんなに小さい犬相手でも怖いのかなぁ??
本気でかかってこられたら れおなんか、ひとたまりもなかろうになぁ・・・・。
そういう飼い主のちょっとした心配もないことはなかったけど。
れおは そんなのお構いナス。

ぐんぐん近づいていく。
鼻をあげて また 鼻挨拶をしようと・・・・おもった瞬間・・・

「ワン!」
び・・・び・・・びっくりしたぁ〜

思わず 私「わぁっ!」って言っちゃったよ。

その声に驚くゴールデンの飼い主さん。
本当にごめんなさい。
私の声で驚かせて

向こうの飼い主さんも「大丈夫ですか?」と 心配してくださり
「ごめんなさい。」と 言ってくださる 私も「無闇に近づいてごめんなさい。」と 謝り
「ごめんね。じゃあ またね。」と ゴールデン君に手を振った。

あれ?さっきも 私 同じ様な事してたような・・・・これってデジャビュ?
と 学習能力の無さを反省しない 飼い主。

ハーイ。良い子は真似をしてはいけませんよぅ。
教訓 よその犬には 無闇に近づくのはやめましょう。

「きっと 今日は  吠えられDAY♪」(きっと君は来ない♪の節で)
そんな替え歌を歌いながら 帰途に着きました。

吠えたい日も あるさ。そうさそうさ。




| 日常のヒトコマ | 02:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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初コーギー

今日はお散歩で美人のコーギーちゃんに出会う。
れおは、もうぐいぐい引っ張りまくり!

そういうわけで、お近づきに。

れお、コーギーちゃんと初対面!
少なくとも、(ペットショップなんかでは子犬は見た事があるけど。成犬を真近で見た事がなかったので。)
飼い主は初コーギーでした。

大きさはれおより一回り大きく。灰色がかった薄い茶色と白の体毛をしていて、 
マズルが長くって、瞳が茶色くって、睫毛が長くて・・・・コーギー界でも、かなりの美人さんとお見受けした。
大人しく、警戒心や攻撃性もあまり無い様に見えたけど、
飼い主さんがお気を使ってくださり「小さいからかかっていったら駄目だよ・・・。」と言い聞かせてらっしゃった・・・・。

こっちから近づいたのが 逆に、申し訳ない気持ちになったりして・・・。(-`ω´-;A フキフキ

それにしても、コーギーって なんて・・・・胴が長いの!なんて足が短いの!何て 可愛いの!

あぁ 共感するわ〜 その体型。(そこ?)

声をかけながら コーギーちゃん(女の子)に、触らせてもらうと ポワポワ〜っとした感触。

飼い主さんはスレンダーな眼鏡女子。マニアならきっと堪らない感じがするであろう(笑)
甘い声の、ほんわかした人でした。癒し系。

少しお話して 
また、れおが 引っ張り出すので、頭を下げて連れて行くことに。
自分からぐいぐい近づいといて、帰る時は これまた 自分のペースで去っていく我が家の愛犬。
「おい!こら!どんだけ〜〜」と心の中でつっこみつつ。
変な笑顔を浮かべて 頭を下げるしかない飼い主。おいおい、気持ち悪いな。私。

コーギーちゃんと飼い主さんに「またね〜。」と言いつつ
去る。

さよならした時、
少し ふりかえって見ていた れお。

また、会えたら良いね。(*^0^*)ノ













| I LOVE 〜 | 00:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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いつかは、きっと。

車でおでかけしたよ。一緒にぼくを連れて行ってくれたの。
ぼく、車に乗るのが大好きなんだ。晴れた日に窓から顔を出して景色を見るのが楽しいの。
でも 雨の日は顔を出せなくって 残念。
せめて 窓から 景色を見よう。

今日は雨が降ってる。雨の粒が窓に当たって景色が見えづらいね。
20081010071201
「今日は、雨が降ってるから、お外に出たらぬれるよ。」って お父さんが言ってた。


20081010071216

待っていたら、きっと いつかは晴れるよね?



| I LOVE 〜 | 15:12 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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犬男心

散歩に行くと 
たまに ジャックラッセルテリアの女の子と白いマルチーズ系の女の子を連れた
ドランクドラゴンの塚地似の飼い主さんと、ばったり会う事が在って。

茶色と白のブチがある。耳が垂れたジャックラッセルの女の子は 
会う度に、大感激してくれて
もうそりゃあ元気一杯で 可愛い。
いつも 会うと ぴょんこ、ぴょんこ飛び跳ねて 
その場でぐるぐる回って、顔を舐めてくれて
身体一杯で嬉しさを表現してくれます。
いかにも『やんちゃ感』漂う辺りが ジャックラッセルテリアっぽいなぁ。

マルチーズ系の女の子も負けず劣らず 尻尾を振って、きゅんきゅんと飛び掛ってくれる。
でも、年若いジャックラッセルテリアの女の子の勢いにおされ気味で、少し控えめ感が在る。

いつも「あんたに譲るわ。」的な態度。

おしとやかでお行儀が良い。ちょっと貴婦人ぽい感じさえする。
それが、これまた可愛らしい。
それにしても、白いワンコは上品に見えますなぁ。
毛艶を見ると よく手入れされてる感もする。

1970年代より前に特に白いプードルや白いワンコは流行ったらしいけど、
今は、プードルでも、アプリコットなど、
茶色系統の犬が流行っているらしい。
・・・・と 新聞に書かれていた。

理由は、白い毛は汚れや涙やけが目立って 『手入れが大変だ』と 日本人がようやく気が付いたからなのだそうだ。

そう考えると 『白を保っている』という事から見ても

いつも輝くばかりの白さを保っている
新庄元選手の歯と、白いマルチーズ系の女の子の白さはたいしたものだな。 と 思う。

それはそうと。

れおは 女子2匹の圧倒的ないきおいインパクトに押され過ぎて 
いつも腰が引けて後ずさっている。

それはそれで、日本男犬として、どうなのか。
しっかりしたまへ。
とりあえず 落ち着かせようと 「お座り!」とコマンドをかけたものの。
私のコマンドが れおには 空耳アワー的な状態になっていたに違いない。

さらっと右から左へ受け流される。

フレンドリーな女子2匹は「遊ぼう♪」としてじゃれながら寄って来てくれる。
仲良くほほえましい様子が見たい飼い主は
「れお、ほら大丈夫〜。怖くないよ〜。」と 声をかけるものの。

れおは 決して、後ろを取らさない。
と いうか、どうみても、てんぱってる。

『お尻の臭いをかぎ合う』という 人間だと いささか在り得ない『挨拶』をする犬界において
後ろを取らせない というのは 致命的で

『お尻とお尻でお知り合い』な犬挨拶ができない状態になっている。

そういうわけで、何回会っても れおとこの2匹との関係は縮まらない。

自分から寄って行く時は、ぐいぐい積極的なのに。
バーニーズマウンテンドッグの姫ちゃんにはぐいぐい寄っていく癖に・・・・。

大型犬がすきなのか それとも 積極的なアプローチが慣れないのか。犬にも、相性があるのか。

向こうから 積極的に来られると 駄目な様子。

あぁ 複雑な犬男心。
犬も、女子より男子の方がナイーブなのね。



| I LOVE 〜 | 00:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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10月のなんでもない日

今日のお天気はうす曇り。
お日さまが出ていないせいなのか 何だか肌寒くって・・・。
「お天気はどうかな〜。雨降らないよな?」と
そろそろ、散歩に行く時間になったので
確認がてら 窓を開けると、吹き込んできた隙間風が冷たくって
思わずぶるぶると身震い。
でも、冷たい風に乗って香ってきた金木犀の芳醇な香りがなんともまた心地よい。
『あぁ10月』っていう感じだな。

れおを見ると自分専用ブランケットで丸くなって寝てる。
うんうん、やっぱり 寒いよね。

寒いと 散歩も行くのが嫌になるんじゃないか と(一瞬)心配して 
起こすのを迷ったけど

なんのなんの! 『散歩に行こっか』と ささやくと ぱっと飛び起きて、
鼻息も荒く ワフン、ワフンと興奮状態に。

うんうん、今日も元気印。

散歩道で、まだ、黄色く色づいていないイチョウの木を発見。あら、まだ色づかないって事は
思ってるほど、秋が深まっていないのかもしれないな。
じゃあ『小さい秋発見』てとこかな。
このイチョウが黄色く色づくころは きっと 大分、寒くなってるやろな。

パンパスグラス(白銀葦)に似たような、ススキの様な多年草も発見。
黄金色の多年草は、風にふわふわその身を揺らしてしてた。
れおが、その様子を不思議そうにじっと見つめていたけど・・・
 
さすがに、ひっこぬくわけにもいくめぇ。べらんめぇ。(←何で江戸っ子調に・・・)

てくてくと歩くと、道のどこかしこに猫じゃらしが たくさん生えていた。
 
普段、顔を手で舐めて洗っていたりたり、
まるで猫の様な行動を取る 我が家の愛犬を、からかってみようと思い
ポキッと手折った猫じゃらしを 犬の顔の前でゆらゆら揺らしてみると 
楽しそうに口をあけて飛びついてきた。

猫パンチならぬ 『犬パンチ』を繰り出す とか そういう流れではない様子。
それでも、れおの『犬らしいダイナミックな一面』を見た気がした。

秋桜が咲いてるところも発見。ありきたりだけども、
秋桜をみると 『う〜ん、やっぱり 今は 秋でんがな まんがな』 と 感じる。

小さな秋を発見しながら、
1人と1匹は、静かに 帰途に着きました。





















| 日常のヒトコマ | 02:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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心のご飯

お昼が過ぎて 日が落ちてきだして 刻々と辺りが暗くなっていくと
れおは 飼い主の顔を見て 1声吠える 「うぉん!」っと。
飼い主の顔をじっと見て 側に居たら 腕をカリカリ引っ掻いて、ご飯の催促をします。

「れお、ご飯要るの?」と素早く聞くと

ちょこんと小首を傾げて、こっちをじっと見る。ぅあぁ なんて かわいらしいのか・・・・。

いつも連続してバーッと言葉を畳み掛けると 解らないのか、認識ができないのか するらしく。

「れお、ご飯。いる?」と 1言1言 ゆっくりと 聞くと ようやく認識が出来たようで
犬ゲートに手をかけて 立ち上がって じ〜っと こっちを見上げて反応を示す。

「ぅおっ!歓喜のスタンディングオベーションでも起きるか!?」 と 見つめ返すと

また鋭い声で「ぅわぉん!」と 催促が。

尻に根っこが生えている飼い主でも さすがに もうこうなれば やらざるを得ない。

ぅおう!れおの瞳が期待でいっぱいになっておる。
れおのすきっ腹の中から湧き上がるシュプレヒコールご飯を求める歓声と まるで1つ1つの目玉に『ご飯!』と解り易く書いてあるかのような期待いっぱいの瞳に飼い主は もう 抗えないよ。

そんな時の君の瞳は100万ボルト(←表現ふるっ。)まさに。100万ボルト。(←弱気)
犬用のご飯はキャベツと鳥肝、または鳥ささみ肉をフライパンで炒めた手作りなどと、おこがましくて言えないけど 
一応『手作り食』と、
カリカリのドッグフードを混ぜて作っている。

まとめて犬用手作り食をこしらえて、1回分ずつ分けて、冷凍しておくので
実際、毎日する『犬ご飯の仕度』は、
『手作り食』を、電子レンジで解凍をして ドッグフードと混ぜて
上から煮干を砕いたものをパラパラッと振りかけるだけ。
至極、簡単でシンプルな我が家の犬ご飯。犬飯むしゃむしゃ


人間用のご飯と一緒に、いつも 用意しているから、とっくにお膳の上に並んでいるのだけれど。
それを、さっと出してもらえない理由は
飼い主が この小首をかしげた姿が見たいという理由があるから。 
れおはイチイチこの儀式を通過せねばならないのです。

今日も ご飯を 残さずぺろっと食べました。完食!ガスーン!
いつも 健康で ご飯をいっぱい食べて、走り回り、散歩に行き、うんちょすして、ぐーぐー寝る。時々、ほたえて遊びまくる。
時々チワワセそうな顔を向けてくれる。

いつも通りの平凡なこの一瞬一瞬が 飼い主として 一等、嬉しい時間で。
何が出来ても 出来なくても そんな事 たいしたことじゃない。
知らない誰かに「良い子。」だ「可愛い。」などと 言ってもらわなくても、
別に そんな事 たいしたことじゃない。

ただ こんな日が続いてくれれば もうそれだけで 充分。

充分 親(飼い主)に色んなものを与えてくれていて。

この世に生まれてきてくれた事、縁があって家族になった事、
それだけでも充分、親(飼い主)孝行な子(犬)だと思います。

日頃起きるなんでもないことも、ハプニングの一つ一つも、
全て 私の心のご飯になってくれていて。 

こういう『なんでもない日』が 永遠に続けば良いのに。
ご飯を食べているれおを見て そんな事を しんみりと 思うのでした。









 

| 日常のヒトコマ | 18:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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れお本私サンドイッチ

秋の夜長に と思って 本を読んでいます。

本は昔から好きで あらゆるものを乱読していますが、特にこれといって読む系統が決まっているわけでもないし、
特に『ワタクシこうじゃなければなりませんの!鼻息フガー!』といった拘りが、特にあるわけでもないので

なんとなく「これ、借りよ。」と思った本を図書館で借りる という 
感性だけを働かせた一期一会の出会いを(本と)しているのです。
今は 小説をよく読んでいます。

時々 「これは 読んでよかったな。」 と 思う本に出会います。

普段は 自分の事を 
松下幸之助さんに呆れ返られそうなほど「私は、運が悪い。」 と 思っているのですが
良い本に巡り合えた時は 「あぁ 自分は運が良いんだな。幸せ。」 と 嬉しく思ったりします。

今日、金原ひとみさんの 『蛇にピアス』を読み終えました。
その本が「映画化もされているそうだ。」 と 知ったのは
その・・・あまりにも、本の内容が「特殊だ。」と感じた為に検索をし、
検索結果で知った為。
若者のやるせなさを ありありと見ているようで、読後、やるせない思いになりました。
例えば、『痛みを感じることで生きている実感がようやくもてる』 
・・・にしても
「光が当たらない状態にずっと居続けたい。」と願う自己破滅的な気持ちと行動の繰り返しを見ているようでした。 
主人公が 自己破滅ともいえるような行動を取っていても
日々が終わるわけではなく、ずっと続いていく事も 含めて

自分とはかけ離れた遠い事なのだけれど

こういう、当たり前に過ぎていく日常の中で
やり切れない様な『やるせなさ』を抱いている人間も、存在しているんだよな という 
認識を新たにする事が出来ました。

勿論、これは小説の中の出来事であって、現実ではないのですが。

その前に同じ著者のアッシュベイビーという本を読んでいて
同じ様な自己破滅的な女性が登場していたので
「こういう女性像を描ける作者自身のやるせない気持ちの断片からこの本は生まれたものなのかな?」と感じました。そう感じる事は作者にとっては不本意なのかもしれませんが。
ある意味では 衝動的で衝撃的な作品。

これが 現代の女性に受けているというのは
何でだろう?

誰にも言えない痛みを抱えている人が、他人の痛みを見て癒される、
シンパシーを抱く事があると聞いたことがあるけど。

それと 一緒で 全てとは言わないけれど、一部にある種のシンパシーを抱いているからなのかな??

規範的意識が高く、融通の利かないタイプの人間、特に女性であるならば
こういう種類の本はヒステリックになって、毛嫌いする可能性もあるかもしれないのになぁ〜。

などと、とりとめもない事を ふわふわ〜と 考えていました。

後は 吉本ばななさんのアルゼンチンババア や 
ロザムンド・ピルチャーさんの冬至まで 上巻、下巻
小川糸さんのかたつむり食堂 
この3つは喪失から始まる物語で、どれも読後温かいぬくもりが伝わって来るようでした。
特に ロザムンド・ピルチャーさんの本は
どれも温かいまなざしが溢れているようで、個人的には好きです。
あ、江國香織さんのホリー・ガーデン なども 今月に入ってから、読みましたか。

どれも 世界観は違えど、
素朴で当たり前の日常に溢れていて、読後に温かい気持ちになれる作品でした。
「出会えてよかった。」と すぐに感じることが出来た本です。

でも、たとえ読後が荒廃した気持ちになろうとも 
その本と出会えて 
その本が自分に何かを感じさせてくれた 考えさせてくれた という意味では
その出会いは とても大切な事だよなぁ などと これまた ぼんにゃりと 思いました。

本を読んでいると 「遊ぼうよ♪」と、本と私の間に入って邪魔してくる 愛犬のお陰様で
読むスピードが通常と比べて、酷く遅くなるのですが・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

まぁ いいか。君はもう、本と私に挟まれてなさい。
というわけで 本レオ私サンドの出来上がり。

画像がないのが 残念です。













 



































| I LOVE 〜 | 00:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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それもこれも保温の為。

れお の うすら薄い毛を見て
「あぁ 私も(私も?!)トリミング行かなくっちゃ・・・。」と ぼんやり思い
コーヒーを飲み 
身体のエネルギーを充電しつつ。

飛び込みでカットしてくれる美容室を見つけて 行って来ました。3日前。

美容室に行ったら 綺麗になる 筈。

という固定観念が音を立ててガラガラ崩れ去ったあの日。

そう 私 こけしみたいな髪型にされました。

終わって目の前にある大きな鏡を見たとたん。

やだ!私 こけしみたいになっちゃった!
こけし

私 こけしみたいになっちゃった!
私 こけしみたいになっちゃった!

って あぁ 三回も言っちゃった・・・・。
こけし


うん。もうここはもうジタバタしてもどうにもならないから。素直に 伸びてくるまで 待とう と思った。
それは 美容師さんには いわなかったけどね。
思いやりとして。

あぁ 早く毛〜伸びろ〜〜nobiro

こんなに髪の毛が早く生える事を願った事って 人生初。

れおの毛もついでに 早く伸びろ〜〜〜〜 と ナデナデ
まぁ 伸びなくても 良いんですけど 寒そうなので「希望として伸びたら嬉しいね。」という事です。

脱毛したわけでもないのに、こころもち(毛と心が)薄ら寒い飼い主と犬は、
寄り添ってお互いの傷を舐めています。

最近よく人の近くに来てごろ〜んと横になります。夏は近づいたら逃げてたのに。
あぁ 毛が伸びないから そうやって保温しようとしてるんだな・・・・。と、納得はする。 

お願いだから、風邪をひいて横になってる私の顔に乗るのはやめてくれないか。
たかが顔 されど顔。

そういうわけで 最近、気を抜くと 窒息死寸前。





| 日常のヒトコマ | 03:45 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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うんちょすのあれこれ

ある種、尾篭なお話だと先に言っておく事にする。
犬のうんちょすを片付ける道具が色々出ているというのを、今更ながらに知った。
知る事になった経緯の一番最初の動機は
犬が長時間集中して遊べる様なおもちゃを検索して探していたのだ。
ん?
どうしよう(←遊び始めて2分後。我が家の飽き性No.2の光り輝くお姿。)
だけれども、なんだかんだ色んなアイテムを見ているうちに 
・・・・つい そう、 
それらのうんちょす、しっこすアイテムを 『つい』 見てしまった。
見ちゃったのだ。

見始めると もう 止まらない。

『へぇ〜ボタン』があったら 押し続けてるに違いない というくらい 「へぇ〜。」 と 言ったと思う。
私にとってはそれらのアイテムは目新しかった。

私たちの子どもの時代は (少なくても 私が住む田舎では)田舎らしい風景がそこに広がっていた。犬のうんちょすは、道端に落ちているのが当たり前だった気がする。

犬のうんちょすも蛙の干からびたものも蚊柱も ・・・・嫌な人は顔をしかめるだろうが
それらは 当たり前に、日常に溶け込んでいるものの1つ だった。
(かといって 自分のパーソナルスペースを脅かすなどという事もないものだったが)
今は自治体によって、決まりがあるはずで 
私が住む 自治体でも きちんと飼い犬の糞はとる事が義務付けられている。
未だその条例から発生する義務の効果の程を過信するに、至る段階ではないが。
その条例のお陰なのか、あまり昔のように糞が道の真ん中に落ちているのをあまり見なくなった。
今の子は、うっかり踏んだりするスリルを味わう事が出来なくて残念ですな。いや、そこは逆か。
逆に踏まなくてラッキーなのか。

我が家の愛犬は、『身体の割りに大きなうんちょすをする』 という事もなく
むしろ 有り難い事に身体相応の小さなうんちょすをかまして下さるので
とるのもあまり困らない。
今まで とらなかったことが1度もない。
その時、小さい頃は『落ちているのが当たり前だったうんちょす』をとっている自分が何だか偉く思える。
人間は喋れるが、犬は喋れないので 
うんちょすを見ることも、とても大事な健康管理の1つでもあるし
犬が健康なうんちょすをすると、心から嬉しい。

新聞と一緒に折り込んである不用なちらしを掌サイズくらいに切って
糞袋の中にスタンバイ。折りたたんだティッシュも入れておく。
犬が自分で投下点を決め、うんちょすスタイルをとったら
そのありがたいちらし紙を さっと 地面に敷く。
そして ちらしの上に乗っている まだ 温かい うんちょすを ティッシュで捕獲。
それは家に持って帰られ、トイレに流される。
これで 手が汚れる ということもないわけだ。
(地面についたうんちょすを直接ティッシュでとる という方法は、手がかからないが
泥や砂利が混ざるので、トイレが詰まったら困るので流せないので、ちらしを敷く必要があるのだ。)

そういうわけで、お金はかからないし。我が家はこのスタイルで満足している。
お金を出して、最新うんちょすアイテムなど買った事が無い。
というか、見たことがない。それらを求める必要性を感じていなかったから。

今のうんちょすアイテムを見ると
外見のパッケージはうんちょすを入れる代物だなどまるで解らないような
綺麗で、手を汚さないで、臭いも密封出来る など という様な、多機能なものらしい。

ふ〜ん。

犬のうんちょすの処理アイテム1つに対して熱意を燃やし
それを生み出すものたちは知恵を絞り、あそこはもっとこうした方が良い とか 
ここは違うだろう とか。
飼い主の顔色を伺い「匂いの程は如何でしょうか?」等と 
その効果の程を探ったり、

『うんちょす1つで利益が期待できる』 

などと 昔、犬を放し飼いにして、残飯を食べさせていた様な時代の日本で考えられただろうか?いや 考えられない。
考えられなかっただろう。

時代の変化でペットはより快適で、清潔で、人間にとって身近で大切にされるべきもの に なったわけだ。
それはむしろ、動物にとって喜ばしい変化なのだろう。きっと。
今は『ペット』という所有物、従属物というイメージから来る言葉ではなく
『コンパニオン・アニマル』という言い方さえ出来ているくらいなのだ。
(意識が高まるのは大いに結構だと思うが名前を変えても、中が変わらなければ同じだとは思うのだが・・・・ 
そういうわけで保健所の殺処分数などはどう推移しているのか?それを減らす取り組みなどはどうなのか?)

飼い主側も、より快適で便利で、自分にとって時間や手間が掛からない都合が良いものを求めているのだなと 実感する。
ペット大国日本。
うんちょすアイテムに情熱を燃やす人間が居る国、日本。チャチャチャ?

うんちょすを入れるものを、可愛くしたところで 
その排泄行為そのものが絶対的に『美しい』ものではない事から
そのギャップの埋まらなさが余計に私は可笑しくも感じるのだけれど

たかが うんちょす されど うんちょす。

人間も犬も猫も うんちょすは 大事なものだ。
出なければ 苦しい。

そのものはあまり好まれない が
排泄行為は あらゆる動物にとって 生きる為に食べ、食べたから出る。
しごく真っ当で必要な行為なのだ。

ゆりかごから墓場まで、と言って誕生から死、それに関する職業は
廃れる事は あまりないのではないかと思う

物質主義的にただ人より多く所有する事を望みその為だけに頑張る様な人間ではいたくはないが
『生きる事』を より充実させる『生活の中で当たり前に発生する事』に着目し、それらをより充実させるという発想は、中々 面白い。







| 日常のヒトコマ | 22:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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好きの度合い

ささみのジャーキーやボーロ、犬クッキーなどが 大好きなれおさんは
飼い主がおやつを片手に持っているのを見たら・・・・・・

自分から 伏せ!待て!の状態でスチャ!っと、スタンバイ。
そして、目がキラキラしている。本当にキラキラしている。
いつものやる気のない時と比べると、その瞳は何倍にもなって見える程。キラッキラ。

大好物を持って近づくと 
勝手に お招き やら お手 おかわり ぐる〜ん(一回転) いぇ〜い(と手と肉球をハイタッチ) ごろ〜ん(寝転ぶ)など

今現在できるありとあらゆる技を見せ付けてくれる。飼い主は、まだ 何も言っていないというのに。コマンドを出していないのに。やる気満々。

その技は いつもご飯のときに渋々やらせている『お手』や『おかわり』なんかよりも ずっと、キレが良い。

食べた事の在る食べ物を目の当たりにしたとき、犬が『それをどれだけ好きか』というのは 
犬の披露してくれる技のキレで解る。

好きなものを目の当たりにしたら、そりゃあ もう 技のキレが素早い事 素早い事。
いつものご飯は技のキレが鈍い事。鈍い事。めんどくさい感があらわになっているぞ。ちみ。20080104192105.jpg(←まさにこんな感じ。)


たまにフェイントをかけてみたりするのだが 好きな食べ物を出すときは
頭がもう『おやつ』だらけになってるらしくて
普段はひっかからないフェイントにもひっかかったりする。

『よし』のコマンドで『食べても良い』ということになる決まりなのだけれど
いつもはひっかからないのに
この時ばかりは『よし・・・幾造』でも『よし・・・・本興業』でも『よし・・・かわひなの』でも『よし・・・田松陰』でも 喰らおうとする。


ある意味 自分の欲求に対して ものすごいポジティブ
kurau.jpg

こんな事をして喜んでる愚だらけの馬鹿な飼い主には、吉田松陰さんの
人賢、愚ありといえども一二の才能なきは無し。湊合して大成するときは必ず全備する所あらん。

というお言葉が 胸に染みます。



























| I LOVE 〜 | 00:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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いつかは・・・・!!

卸値で買える素敵な生地屋さんで、とても可愛いフリースの生地が安く売ってた。
嬉しくなって 買おうか どうしようか と 散々、迷った

けど やはり 買わなかった。

というのも、我が家は 飽き性の母が居る。
母は色んなことをやっていた。
習字・ペン字に手芸に編み物にパッチワークにキルトに洋裁にケーキ作りに刺繍に・・・・

どれも 結構なお金がかかっている。
中でも 手芸に嵌ってしまったというのが 痛い。
手芸はお金をかけようと思えば いくらでもかけられる 
そして それに比例して 意外と、場所をとるのだ。

母は 多分、手芸が どうこう というよりも、『買い物』が大好きなのだと思う。
自分の好きな生地であるとか、毛糸であるとか、本であるとかを見つけると 
どば〜っと 買い込む。
生地など 同じ様な柄を何枚も何枚も買うのだ。
色にも生地にも 流行というモノがあるので、
昔、母が好んで買った『ペイズリー柄』などという気持ちの悪いアメーバがいっぱいあるような柄は
どう使っても 現代むきではない。
で、結局 使わないまま置いてあり、使う予定すら立たないままで『箪笥の肥やし』ならぬ、
『押入れの肥やし』となり果てているのだった。

「オカアサマ。勿体無いお化けが出ますぞ。」と脅してみたが
母は意にも介さず「江原さんには見えても、私には見えん。」と一刀両断。
そもそも 江原さんは勿体無いお化け見えるんだ。・・・・へぇ。初耳。
っていうか お母さん、反省して。
猿にも出来る筈なのに
母には反省が出来ないようで ガッカリする。
霊長類の頂点に立つ人間としての立場は、一体どうなるのか。

そう 勿体無いお化けが出る位に 我が家には無駄な布がある。

生地など はぎれなども全部含めたら、衣装ケース6箱分も在るのだ。
毛糸は衣装ケース1箱分。ミシンなんか何台買ったのか で、何台潰したのか・・・・ロックミシンがあったような・・・でも 潰れたような・・・・
はて そこいら辺は もう 忘却の彼方である。

私も母の血を引いているのか・・・・考えたくはないけれど。 
確かに、『凝り性』では在る。そこは 感謝しなければいけないのかも?う〜むむむ・・・
が、母と一番違うのは
自分の趣味の為に 無駄な買い物を一切しない と言う事だ。

・・・・・というか、しなくても練習する生地ならいくらでもあるんだもん。
わざわざ買いに行く手間が省けるのが嬉しい。
私は、買い物がしたいのではなく 趣味に没頭したいのだ。
好きな布で好きなように作りたいけど、『今のレベルで布を買うのは勿体無い。』と思うので。
もっと上達したら 考えてみようかな。

私は作業さえ出来るのなら、目が疲れなければ、肩が凝らなければ、お腹が減らなければ、トイレが我慢できれば。
ずっと座ったまま針をチクチク動かしてるに違いない。

元々、パッチワークも 余り布を使って生み出されたもので
はぎれなど、我が家には、これまた 腐るほど あるので
(もう、なんなら腐って欲しい。腐って液状になったら捨てられるから・・・・)
パッチワークにも 手を出してしまった・・・。
只今 パフで作った車に積む座布団を作っているが、それが終わったら
あの腐るほどあるはぎれ布たちで
クレイジー・キルトの大作を作りたいと、計画を立てている。
いや、まだ 全然やっていないけどね。頭の中は もう 『どう作ろうか』 で いっぱい。

冬に向けて もう1着 れお の あったかい服も作りたい・・・
れおの服も母の生地の余りで作っているので 伸縮性のないものが多い。
だから 痩せたり太ったりするのも、これ以上大きくなるのも、正直言って困るのだ。
余裕があるようには作っているけど、ぴったりの服が多いので。
あぁ・・そういえば 一番初めはシーチングで練習したっけ・・・もうあれも、ちっちゃ過ぎて着れない様になったなぁ・・・。成長って速いもんだ・・・。

それにしても、やりたい事がたくさんあるなぁ・・・。と思いつつ手を止める。

れおの方を向いたら
「遊ぶ?遊ぶの?遊ぼう♪」と 言われた(気がした)ので

暫く 激しく遊んでやると  暴れると
疲れたようで 水を飲みに行き、その後「ありがとう 大好き〜」の ペロペロを飼い主にする。

あぁ テラ可愛い

こうやって また 脳内でれおの事が、優先順位のトップに躍り出るのだな。 

あぁ・・・いつになったら クレイジー・キルトのキルトに手が出せるのだろうか・・・













| 日常のヒトコマ | 01:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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犬と人間

今日、れおに今年最後のフィラリア予防のお薬を飲ませました。

蚊がもう出ないであろうと予測されるので 
蚊が媒介するフィラリアの予防のお薬も、今年はもうおしまい。というわけなのです。

『お薬』とはいっても、ビーフ味の犬用のお菓子のような物体(カルドメックチュアブルというお薬)なので、
本犬は嫌がることなく、むしろ嬉々として美味しそうにむしゃむしゃ食べています

人間様であるワタクシが個人的に、『お薬』という言葉で思い出すのは・・・
漢方薬などの、あの『うぇ〜っぷ』っと、エヅクヨウなクサ苦〜い味。

「あらまろやかだわぁ〜。オホホホホ〜」だなんて、お世辞にも言えない 『あの 苦味』
小さい頃に、目に涙をためながら飲み下したことを思い出します。
今では やや慣れてはきたのですが、オブラートに包もうが、ゼリーで包もうが、好きにはなれない。
のめるけど、のめるんだけど、好きじゃない。・・・・という我侭な大人になってしまいました。すいません。

『苦味』といえば・・・と思い出したようにインスタントコーヒーを手に取る。
インスタント・コーヒーのガラスの瓶をふと眺めると 『やや深煎り』 と 書いてあり

『深煎り』と言う言葉が感覚として脳みそに定着していないワタクシには 
このコーヒーが果たして 浅く煎っているのか 深く煎っているのか などと 解る筈もない 
むしろ ちょっと煎りすぎて 『焦げすぎちゃった』的な事なんじゃないのか?くらいな認識しかない
『違いが解らない大人』の1人です。

ワタクシ、いつも 午前中に眠気を飛ばす為にカフェインを摂っていたりするのです。(紅茶でも別に良いんです。紅茶の方がカフェイン多いしね。)

コーヒーの苦味は我慢できる。というか、むしろ好きなのに、
何で 漢方の苦味はこう我慢が出来ないのかしらン・・・

・・・・・・と 取り留めのない事を考えながら 臭くて苦い漢方薬の風邪薬を飲んでいます。

あぁ 良薬口に苦し・・・・でも どうせなら、美味しいほうが幸せ・・・・・と 

フィラリアのお薬を美味しそうに喰らう幸せそうなれおの顔を思い出しながら 
つくづく、そう思ったりするのでした。

毛布に包まれて

フィラリアのお薬を飲んだ日は、いつもよりねんねが長くなるれおさん。

おやすみ〜れおさん。

お薬飲んだら、速く寝るに限るよね。 



































| 日常のヒトコマ | 23:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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災い転じて服と茄子

我が家の愛犬は ロングコート・チワワ という犬種で チワワの毛の長いタイプ。
(毛の短いタイプはスムースコートチワワという。)

チワワでも『ロン毛』なのだ。

他のロングコート・チワワと比べてみると うちのれおは
どうも毛が短い気がする・・・・。あまり伸びない。毎日ブラッシングをするが、毛もあまり抜けない。 
最近、散歩に行くとおばちゃんが寄ってきて「まぁ〜カットしてもらってるの?よく手入れしてもらって〜毛がサラサラねぇ〜。」と言われたりする。そのおばちゃんもポメラニアンを飼っているらしい。

手入れしてもらって〜毛がサラサラね〜 は 良い方向で受け取ったが 
『カットしてもらってるの?』が 
おばちゃんには何の邪気も無いと解っていながら、ねぇ それって 毛が短いって 事かしら?
と 悪い方向に受け取りそうになる。
「実は素からこうなんです。」「洗ったら毛がぺさんこで、ミニチュアピンシャーのようです。」 なんて、言えず 
引きつった笑顔で誤魔化す。そんな、今日この頃。

毛を伸ばすために良いと聞いて、馬肉などを食べさせてみましたが 
体重は増えても毛が増えない。

背を伸ばすために牛乳をひたすら飲んだけど、悉く体重が増えた昔のワタクシと『努力しても結果に結びつかない感』が、相似の関係に。
(あぁ そんなとこ飼い主に似てくれなくても良いのに・・・・)

でもまぁ 考えてみても、それはそれで仕方が無い事です。
このままでも充分可愛いし全然、無問題。

だがっ そもそも チワワは シングルコートなので(毛が一層しか生えない)
毛が短めだと、風通しが良すぎるし、保温力に欠けるよな〜。ただでさえチワワンは寒がりだし。
冬は辛かろうな〜。

そう 思い。
必要に迫られて、犬服を作り始めた。

それが 始まりだった筈なのに・・・いつの間にか、犬服作りにはまってしまう飼い主。

『本来の趣旨から ずれている』 と 感じながらも、やめられない飼い主。

あぁ 凝り性って いつ直るんだろう・・・・。

最近、服を着せて散歩にいくと、どうも目についてしまったのか農家のおじさんが話しかけてくれて茄子と、冬瓜をくれました。
わ〜い ラッキ〜チャチャチャ

明日は、マーボー茄子or焼き茄子どちらか と冬瓜の豚肉煮にいたします。

おじさん 有難う。家族で、美味しく頂きます











| I LOVE 〜 | 22:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

2008年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年11月